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広島高等裁判所 昭和25年(う)257号 判決

被告人

高橋高三

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人に対する本件公訴を棄却する。

理由

職権を以て調査するに被告人に対する本件起訴状に依れば訴因として「被告人は高橋太一と共謀の上県知事の登録を受けないで、昭和二十四年五月上旬頃から七月上旬頃迄の間五回に亘り、広島市段原大畑町百十八番地の高橋太一方で、水谷礼三郎に対し徳永久雄が製造した日本薬局方規格外のサントニン錠五十錠入約千百五十本を代金合計約四十二万九千五百円で業として販売し」と記載し、次に昭和二十四年九月五日附訴因追加請求書に依れば「被告人は高橋太一と共謀して昭和二十四年五月上旬頃から同年七月上旬頃迄の間約五回に亘り広島市段原大畑町百十八番地高橋太一方で水谷礼三郎に対し日本薬局方規格外サントニン錠五十錠入り約千百五十本を所定の統制額一万九千四百三十五円より四十一万六十五円超過する代金約四十二万九千五百円で販売し」と記載してあり、更に原審第六回公判調書に依れば同公判に於て検察官は予備的に訴因を追加するとして「被告人は県知事の登録を受けないで昭和二十四年五月上旬頃から同年七月上旬頃迄の五回に亘り広島市段原大畑町百十八番地高橋太一方で太一を介して水谷礼三郎に対し日本薬局方規格外サントニン錠剤五十錠入約千五十本(此の点起訴状記載の訴因の数量とは異る)を所定の統制額一万九千四百三十五円から四十一万六十五円超過する代金約四十二万九千五百円で業として販売し」と陳述して居ることが認められる。

而して刑事訴訟法第二百五十六条は起訴状には公訴事実を記載し公訴事実は訴因を明示すべく、訴因を明示するには、日時場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定して之をしなければならぬと命じて居り、其の趣旨は特定した訴因を明示する意味であつて、訴因が特定して居なければ何が起訴せられたか訴訟の物体が判明せず、被告人に於ても防禦の手段を尽すことが困難で、再訴の抗弁をしてよいか判らないからである。従つて訴因の特定は絶対であつて之が特定して居ない起訴は無効であつて、後日補正追完によつて有効となるべき性質のものではない。

而して訴因の特定は各訴因毎に要求せられるのであるから、数個の訴因が一括して記載せられ、其の間に区別が判明しない様な場合には、仮令右一括した訴因とこれ以外の犯罪事実との間には混淆の虞れがない場合でも、又右一括した数個の訴因が何れも同一の犯罪構成要件に該当する場合であつても、法律上一罪を構成する場合は格別、そうでなければ右数個の各訴因は夫自体特定して居るものといふことは出来ない。従つて前記の様な起訴状に記載してある五回の販売行為は連続犯の規定が削除せられて居る今日では一罪を構成しないから、五個の訴因が含まれて居るものと解せられるが、其の五回の販売行為の始が昭和二十四年五月上旬頃であり、其の終りが同年七月上旬頃であることは判るが、其の他の三回の行為の日時は判明せず、又五回の販売行為の各回毎に販売したサントニンの数量、代金も不明であるから、各訴因は特定して居ないといわなければならぬ。故に右の様な不特定の訴因を記載した起訴状に基く被告人に対する本件公訴は不適法で無効のものと認めざるを得ない。然るに原審は右の様な無効な公訴を有効なものとして之を受理して審判をして居るのであるから、弁護人の論旨に対する判断を為す迄もなく、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百七十八条第二号に依り原判決中被告人に関する部分は破棄を免れない。

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